九州大学歯学部時代の20代前半を過ごした第2の故郷・福岡。
福岡・山口在住の同級生と行うことになった6人での同窓会。
7年ぶりに福岡を訪れることになりました。
<1日目|再会とアラ鍋>
12月28日10時過ぎのジェットスターで成田空港を発ち福岡へ。
成田空港からの空路は快晴で、窓の下にはくっきりとした富士山。
旅の始まりとして、これ以上ない景色でした。

薬院のホテルに荷物を置き、まずは軽く腹ごしらえ。
ホテル前の因幡うどんで、肉牛蒡天うどんをいただきます。
牛蒡天は、固めた揚げ玉の上に揚げ牛蒡のスライスが乗る独特の仕様。
甘めに炊かれた牛肉と玉ねぎ、すっきりした昆布とイリコの出汁、
そして福岡らしい「やわもっちり」の麺――
これだよね、と自然に頷いてしまいます。
福岡といえば、豚骨ラーメンのイメージが強いかもしれません。
しかし実際には、ラーメン店は小規模な個人店が多く、
一方で福岡の食文化をより日常的に支えているのは
「うどん」だと感じます。
福岡には、地元に根付いた大規模なうどんチェーン店が存在し、
ウエスト、牧のうどん、資さんうどん(北九州)は、いわゆる“三大うどん”。
いずれも福岡独自のスタイルを持ち、地域の食生活に深く溶け込んでいます。
また、個人店にも名店が多く、釜喜利うどん、葉隠うどん、
因幡うどん、かろのうろん、立花うどん、みやけうどん、やりうどんなどは、
福岡のうどん文化を語るうえで外せない存在です。

中洲川端駅から天神方面を久しぶりに散策。
年末の買い出しで賑わう川端商店街、
学生には縁の無かった中洲を抜け、天神へ。
約40年前とは街の様子も一変し、無くなった建物より、
新しいデパートやモールの方が目につき、半ば浦島太郎状態。
以前から一度見ておきたかったのが、
「美の巨人」で取り上げられたアクロス山。
1995年に完成した複合施設・アクロス福岡の南側にある
階段状の屋上庭園「ステップガーデン」が、長い時間をかけて育ち、
今の姿になっています。
都会の真ん中に現れた、他に類を見ない“森”。
公園から見る様は圧巻の一言。

たまたま訪れた天神三越の画廊前で、
昨年2月に工房を訪ねた萩焼作家の金子司さんが作製した
キノコ🍄のオブジェがガチャガチャになっているのを発見!
嬉しくなって、思わず1回ガチャ。
(ブログ記事「山口への帰省」
https://www.canon-dc.jp/blog/?p=565)
一度ホテルへ戻り、バスで博多駅前の和食・畑中へ。
この日は年内最終営業日ということで、少し早めのスタート。
同級生6人が揃うと、不思議なことに一瞬で学生時代に戻れます。
私も福岡の友人と話す時だけは博多弁になり、
昔話と近況報告が、自然に行き交います。
料理はアラ鍋コース。
〈アラ〉
九州地方で「クエ(九絵)」を指す呼び名。
漁獲量が少なく、大型のものは1本数万円にもなる高級魚。
秋から冬(産卵後)にかけて脂が乗って特に美味しくなる。
食べ方は、刺身、しゃぶしゃぶ、焼き、唐揚げ、煮物、鍋料理など。
この日のアラは、19kgの上物。
これだけ大型のアラは、関東ではまず手に入らないそう。
前菜の煮凝りから始まり、刺身。
刺身は薄切りで、もっちりとした甘み。
焼き・唐揚げは、白身魚というより、まるで肉のような弾力と上品な脂の旨味。
そして満を持してアラ鍋。
脂は重くならず、むしろ澄んだ印象。
骨付きの身をしゃぶり、
最後は野菜とアラの出汁が染み込んだ雑炊まで――
文字通り食べ尽くしました。

中洲へ移動し、バーで二次会をして初日はお開き。
よく話し、よく笑った、再会の夜にふさわしい充実感でした。
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<2日目|神社と公園、名店の夜>
早起きして、当時はなかった地下鉄七隈線で櫛田神社へ。
昨日前を通った時は、参拝客でごった返していたのに、
早朝の神社は静か。
朝ラーメンは長浜家。
程よい濃さの豚骨スープに、堅めの細ストレート麺。
トッピングは、卓上の紅生姜と辛子高菜、すり胡麻。
余計な説明はいらない、福岡の朝。

地下鉄で筥崎宮へ。
日本三大八幡宮の一つで、厄除・勝運の神として知られる古社。
元寇の際に神風が吹いたという伝承でも有名。
朝日を浴びる本殿にお参り。
参道には初詣を待つ屋台が並び、年末の静かな空気の中で立つと、
「勝運」という言葉が、単なる縁起ではなく、
積み重ねてきた時間への祈りのように感じられました。

〈筥崎宮〉
筥崎八幡宮とも称し、日本三大八幡宮に数えられる。
御祭神は応神天皇(第十五代天皇)を主祭神として、
神功皇后、玉依姫命が祀られている。
創建の時期は諸説あり断定することは困難だが、
古録によれば、平安時代の中頃である延喜21年(西暦921)、
醍醐天皇が神勅により「敵国降伏」の震筆を下賜され、
この地に壮麗な御社殿を建立し、
延長元年(923)筑前大分(穂波宮)より遷座したことになっている。
創建後は祈りの場として朝野を問わず篤い崇敬を集めるとともに、
海外との交流の門戸として重要な役割を果たした。
鎌倉中期、蒙古襲来(元寇)のおり、
俗に云う神風が吹き未曾有の困難に打ち勝ったことから、
厄除・勝運の神としても有名。
その後、大濠公園へ。
福岡市の真ん中にある公園で、池を貫くように島がいくつか存在し、
それぞれが橋でつながっているので、中央部を経由して池を渡ることができます。
学生時代には歩かなかった道を、今になって歩く。
それが不思議と、楽しい。

〈大濠公園〉
福岡城の外堀に利用されていた博多湾の入り江を整備し、
1929年に開園した全国有数の水景公園。
池の周辺約2kmの周遊道や野鳥の森があり、
四季折々の花や景色の中、ジョギングやサイクリング、
バードウォッチングが楽しめる。
4つの橋で結ばれた中の島には朱色が美しい浮見堂が、
大濠公園のシンボル。
公園を抜け、反対側から六本松へ向かって歩きます。
母校九州大学の教養部は、当時この六本松にあり、
医・歯学部は1、2年次をここで学びました。
現在では、九州大学跡地を中心に商業施設「六本松 421」など、
整備され、高等・地方・簡易・家庭裁判所が集積する
“司法の街”として生まれ変わっています。
わずかに残る当時の面影に足を止め、懐かしさを噛みしめながら、
福岡県出身の殉国の英霊を奉る護国神社へ。
広い拝殿の奥に望む、金色に輝く本殿が印象に残りました。

さらに福岡城址へ。
これも学生時代には、まったく関心を持たなかった場所。
天守台まで登ると、
市内中心部から海側、山側まで見渡せ、想像以上に開放的でした。

〈福岡城址〉
関ケ原の合戦戦功により、筑前52万石の領主となった黒田長政が
1601(慶長6)年から7年の歳月をかけて築城。
天守閣の存在は定かになっていないが、
大、中、小の各天守台と47の櫓が配された城であった。
明治維新後、大半の建物が解体や払い下げにより失われたが、
石垣や縄張りがほぼ当時のままの姿をとどめているため
国の史跡として指定されている。
現存する多聞櫓(たもんやぐら/国指定重要文化財)をはじめ、
祈念櫓や下之橋御門、(伝)潮見櫓などの建造物も見ごたえ十分。
夜は、何度かお世話になっている
南区のフレンチビストロ・ペシェミニョン。
前回7年前の来福時にも訪れた、松尾シェフとマダムの素敵なお店。
昨日一緒だった友人と奥さんと4人で。
自分の所蔵ワインから事前に送ったのは、ブルゴーニュの赤白。
白:アンリ・ボワイヨ/
ピュリニー・モンラッシェ 1er クロ・ド・ラ・ムーシェール 2018
赤:マリアス・クレルジェ/シャンボール・ミュジニー 2017
前菜は、フォアグラと無花果、
続いて野菜とオマール海老のテリーヌ。
ピュリニー・モンラッシェは、まず白い花の香り。
ひと口目で熟したグレープフルーツを感じ、後からレモンピールの苦味。
飲み進めるにつれ、酸とミネラルが調和していきます。
甘鯛の鱗焼きは、松笠焼きという日本料理の手法が用いられています。
鱗をつけた皮面に高温の油をかけることで、
鱗がサクサクの状態で立つ技法。
しっとりとした身の加減と、鱗の食感の対比が楽しい一品。
続いて、鹿ヒレのステーキ。
レアに焼かれたジューシーな赤身。
料理の完成度は言うまでもなく、
自分で選んだワインと合わせられるのは、やはり至福。
シャンボール・ミュジニーの香りは、ドライローズ、
ほのかにクローブを感じる。
口に含むと、アタックは意外に静かで、
中盤で白胡椒のスパイス感が立ち上がり、
余韻で細いけれど芯のあるタンニンがスッと締める。
鹿肉の野趣に富んだ肉感とのマリアージュが素晴らしかった。
仲の良い友人と、ワイングラスをゆっくりと傾け、
料理と会話を楽しみました。
そして何よりもシェフの料理!!
味だけでなく、美しさも際立っていました。

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<3日目|門司港から下関>
ホテルを早めにチェックアウトし、博多駅地下の7:30オープンの店へ。
胡麻サバ定食で腹ごしらえを済ませ、鹿児島本線に乗って門司へ向かいます。
門司港駅は、鹿児島本線の始発駅。
中学を卒業した春休み、九州を一人で一周した旅の起点がこの駅でした。
今回訪れるのは、それ以来43年ぶり。
現在は「門司港レトロ」として整備され、
明治から昭和初期の建物が今も残る人気観光地です。
穏やかな冬の日差しの中、JR門司港駅、旧門司三井倶楽部、旧大阪商船、
旧門司税関などを歩いて巡ります。
ノスタルジックな街並みを散策した後、
門司港レトロ展望台に登り、関門海峡の下関側を望みます。

ランチは名物の焼きカレー。
辛めのカレーに、香ばしく焼けたチーズがよく合います。
駅前の渡船場から船に乗り、対岸の唐戸市場へ。
所要時間わずか5分、拍子抜けするほどの近さ。
そのまま、しものせき市立海響館へ。
関門海峡の潮流を再現した大水槽や海中トンネル、
世界中の100種類以上のフグの仲間の展示、
世界でも数体しかないシロナガスクジラの全身骨格標本、
日本最大級のペンギン展示など、見どころ満載の水族館。
続いて、赤間神宮へ。
〈赤間神宮〉
859年(貞観元年)に阿弥陀寺として開闢。
1185年(文治元年)の壇ノ浦の戦いで入水した安徳天皇の遺体は、
現場付近では発見できなかったが、
赤間関(下関)に1191年(建久2年)、勅命により御影堂が建立され、
建礼門院ゆかりの尼を奉仕させた。
以後、勅願寺として崇敬を受ける。
江戸時代までは安徳天皇御影堂といい、仏式により祀られていた。
平家一門を祀る塚があることでも有名であり、
前身の阿弥陀寺は『耳なし芳一』の舞台であったが、
廃仏毀釈により神社となり現在に至る。
夕暮れ時の海峡ゆめタワーに登り、
門司の山へ沈んでいく日の入り、
反対側の関門橋が夜景へと移り変わる様をゆっくり眺めました。


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<4日目|歴史と海峡>
4日目は特に予定を入れず、温泉でゆっくり癒してからチェックアウト。
前日とはうって変わって、風が強く年末らしい冷え込み。
昨日行けなかった関門橋の麓にあるみもすそ川公園へ。
公園前に広がる海は関門海峡の一番狭まったところで
「早鞆の瀬戸」といわれ、潮の流れが速く、潮流の変化が激しい海の難所。
壇之浦古戦場を一望出来るこの場所は、
『今ぞ知る 身もすそ川の 御ながれ 波の下にもみやこありとは』
(長門本平家物語)という
二位の尼(平清盛の正室)辞世の歌から地名が生じたといわれ、
当時を偲ぶ石碑や、歌碑、源義経と平知盛の像が置かれています。
また、馬関戦争の激戦地で、長州藩の砲台が並んでいて、
歴史がこの海峡に幾層にも重なっていることを実感します。

朝ごはんは、関門トンネル入口そばの蒲鉾屋で、焼きちくわとおでん。
優しいあご出汁が、朝の体に染みます。
関門海峡トンネル人道を歩いて門司側へ。
トンネルは無料、10数分で対岸に着く距離。
海の底を歩いて県境を越える、ここならではの体験。

和布刈(めかり)神社を参拝し、再び歩いて下関へ戻ります。

下関駅から山陽本線で宇部駅まで行き、
宇部線で、実家の最寄り駅で下車し、祖母の家に。
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元旦の初詣は琴崎八幡宮。おみくじは大吉。
翌日は、キワ・ラ・ビーチ(岐波海水浴場)へ。
干潮時に現れる広大な砂州が特徴の美しい遠浅のビーチで、
この日は、蜃気楼が見られました。
その後、ときわ公園でアニメ『エヴァンゲリオン』の重要アイテム、
「ロンギヌスの槍」を写真に収めました。

宇部市は、『エヴァンゲリオン』シリーズ総監督:庵野秀明氏の出身地。
JR宇部新川駅が作中のモデル地の一つとして登場したことをきっかけに、
2021年から、街全体で作品の世界観を楽しむイベント
「まちじゅうエヴァンゲリオン」が始まりました。
その第3弾として、全長7メートルを超える「ロンギヌスの槍」が、
地元企業の技術を結集して製作され、ときわ公園に“刺さっています”。
突き抜けた存在感と、妙に風景に馴染んでいる感じが同居していて、
少し不思議な光景でした。
久しぶりに、家族で大晦日から正月をゆっくりと過ごしました。
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<おわりに>
福岡から下関の4日間で、タクシーは一度だけ。
公共交通機関(電車・バス・地下鉄・渡船)と自分の足でよく歩き、
雨にも当たらず、旧交も温まり、お腹も心も満たされました。
久しぶりの福岡は、「変わった街」ではなく、
「時間を重ねた自分を受け入れてくれる街」だったように思います。
充実感に溢れた良い旅でした。
カノンデンタルクリニック
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