日本の小学校では、音楽教育の一環として
ソプラノ・リコーダーを使用しているので、
演奏したことがないという方は
ほとんどいないと思います。
私の時代だと、ハーモニカやピアニカとリコーダーは、
初めて触れる楽器の代表格でした。
値段も安く、手軽で、わりと簡単。
しかし、いずれの楽器も、年を経るとあまり縁がなくなります。
その中で、最も歴史があるリコーダーについて、
今回はお話ししたいと思います。
<リコーダーの歴史>
リコーダーは、リードを使わないエアリード(無簧)式の縦笛です。
「リコーダー」の名は「記録するもの」(recorder)の意で、
小鳥の声を模して演奏する習慣があったためだそう。
リコーダーのような構造をもつ管楽器は、
古くからヨーロッパ各地で演奏されていました。
14世紀には「リコーダー」という名称も使われるようになっています。
バロック期までは、一般的にリコーダーではなくフルートと呼ばれており、
現在のフルートの原型である横笛は、
フラウト・トラヴェルソと呼ばれていました。
バロック期前半の17世紀には、ソナタや協奏曲の独奏楽器として、
また管弦楽曲の伴奏楽器として使用されていました。
バロック期以前は、ソプラノ、アルト、テナー、
バスの4本による四重奏曲が好まれ、
数多くの作品が残されています。
バロック期では、特にアルト・リコーダーが代表的でした。
テレマンが自ら得意に演奏したことでも知られます。
しかし、音量が小さいこと、音の強弱がそのまま音高に影響し、
補正に高度の技能が必要なこと、
発音が容易であることの裏返しとして音色の表情を付けにくいこと
などから、バロック期後半の18世紀頃からは、
次第に表現力に優れたフラウト・トラヴェルソに主流の座を奪われ、
古典派(ハイドン、モーツァルトら)から後の音楽には、
全く顧みられなくなっていきました。
20世紀前半に、ロマン主義的な表現と決別した音楽家らによって、
バロック音楽やそれ以前の古楽作品の価値が見直されるようになります。
リコーダーも古楽復興とともに劇的な復活を遂げることになりますが、
その立役者がドルメッチ一族、
とくにアーノルド・ドルメッチ(1858〜1940)です。
彼は、自ら収集した古楽器を参考に、
ヴィオール、リュート、クラヴィコード、そしてリコーダーを復元。
当時の演奏スタイルで、
これらの復元楽器を演奏したことで有名になります。
ドルメッチとちょうど入れ替わるように出現した
デイヴィッド・マンロウ(1942〜76)。
彼は、古楽演奏の権威と呼ばれていた先生の部屋の壁にかけてあった
クルムホルンを見て一目惚れ。
その後、クルムホルンをはじめ、古管楽器の演奏法を独学でマスター。
のちにリコーダーコンソートを設立し、
王立音楽院ではリコーダー演奏を指導。
リコーダーのための前衛音楽まで書くなど活躍しますが、
1976年5月15日、33歳で逝去します。
しかし、彼の影響はきわめて大きく、
ジェイムズ・ボウマンやクリストファー・ホグウッドらに引き継がれます。
こうしてリコーダーはいったん忘れ去られましたが、
20世紀初頭になって、古楽復興運動の中で、
楽器が復元され、過去の演奏法が研究されました。
そして、古楽ブーム以来現在まで、使用される頻度も多くなっています。
<日本におけるリコーダー>
演奏者が、自らの口の形によって、
吹き込む空気の束を調整しなければならない横笛に対し、
空気の束が一定に保たれ、
演奏が比較的に容易である縦笛(リコーダー)。
構造もシンプルで安価に量産できるため、
日本では教育楽器として多用されるようになりました。
音孔の開け方にはバロック式とジャーマン式の2種があります。
バロック式は古くからある正統の運指(指使い)で、
ジャーマン式は20世紀はじめ、ハ長調の指使いが少し容易になるように
ドイツで教育用に開発されたものです。
しかし、ジャーマン式はハ長調音階以外の音
(シャープやフラットつきの音)を
出すのが困難なのと、高音域を安定して発音できないため、
初心者に使われるだけで、他ではほとんど使われません。
<リコーダーの種類>
現在は主にF管とC管で、
F管とは、F調(ヘ長調 ファソラシ♭ドレミファ)
C管とは、C調(ハ長調 ドレミファソラシド)
音域の高い方から、
⚪️ガークライン(クライネソプラニーノ)
・リコーダー(C管) – ソプラノ・リコーダーより1オクターブ高い
⚪️ソプラニーノ・リコーダー(F管)
– アルト・リコーダーより1オクターブ高い
⚪️ソプラノ・リコーダー(ディスカント)(C管)
– テナー・リコーダーより1オクターブ高い
⚪️アルト・リコーダー(トレブル)(F管) – 最低音は中央ハの上のヘ音
⚪️テナー・リコーダー(テノール)(C管) – 最低音は中央ハ音
⚪️バス・リコーダー(F管) – アルト・リコーダーより1オクターブ低い
⚪️グレートバス・リコーダー(C管)
– テナー・リコーダーより1オクターブ低い
⚪️コントラバス・リコーダー(F管)
– バス・リコーダーより1オクターブ低い
⚪️サブ・コントラバス・リコーダー(C管)
– グレートバス・リコーダーより1オクターブ低い
⚪️サブ・サブ・コントラバス・リコーダー(F管)
– コントラバス・リコーダーより1オクターブ低い
<リコーダーを使った曲>
リコーダーが最初に栄えたのは、15〜16世紀のルネサンス時代。
オランダのヤコブ・ファン・エイク(1590頃〜1657)。
彼は生まれながらの盲人でしたが、
ユトレヒト大聖堂のカリヨン奏者であり、
またユトレヒト全域の釣鐘と時計チャイムの監督も務めていた人。
リコーダー演奏家としても秀でており、
彼の編み出したリコーダー調律法は現代でも使用されています。
そのエイクの曲を、ソプラノ・リコーダーとハープの演奏で。
☆笛の楽園 第1巻(1649)より
「Doen Daphne hed’over schoom Maegh
(ダフネが最も美しい乙女だった時) 」
素朴なテーマを掲げた変奏曲。
音の高低を生かした懐かしさを感じる主題と、
ソプラノ・リコーダーの特性を生かした変奏。
ハープの伴奏が、曲想にマッチしていて佳き。
ジャン=バティスト・ルイエ・ド・ガンやヘンデル、テレマン、
そしてバッハも、リコーダーの活躍する作品を残しています。
ヴィヴァルディも『リコーダー協奏曲』を7曲残しています。
ジャン・バプティスト・ルイエ(1688?~1720?)は、
バッハやヘンデルとほぼ同世代の
フランドル(フランス北端部からベルギー西部にかけての地方)
の作曲家です。
フランスのリヨンの大司教に仕えた音楽家でした。
☆Sonata Nº 1 in A minor for two recorders
曲集でも最も演奏頻度が高い曲。
・第1楽章 Adagio 4/4拍子
・第2楽章 Allegro 4/4拍子
・第3楽章 Adagio 3/2拍子
・第4楽章 Giga. Allegro 12/8拍子
特に3楽章のトリルの掛け合いが素敵。
前述したように、バロック期後期から古典派の時代になってからは、
ほとんど使用されなくなり、曲も作られなくなりました。
<ミカラ・ペトリ>
ミカラ・ペトリ(1958~)はデンマークのリコーダー奏者です。
彼女は3歳でリコーダーを始め、
1969年よりハノーファーの国立音楽演劇大学で
フェルディナンド・コンラードに師事。
ソリストとして多くの有名オーケストラと共演し、
34回のレコーディングを行っています。
1969年にソリストとしてデビューした彼女は、
リコーダーが最も重要な楽器としてみなされたバロック時代の作品から、
彼女のために書かれた現代の作品まで、
どれも超絶技巧と安定した音楽性で演奏し高い評価を受けています。
彼女はアーノルドや、ジェイコブス、
バークリーの作品の世界初演も手がけています。
夫であるリュート奏者ラルス・ハンニバルと共演し、
リコーダーとギターの組み合わせの面白さを世に問いました。
1995年にはデンマークのマルガレーテ女王から
ダンネブロー騎士勲章を授与され、
2000年にはデンマークのレオニー・ソニング音楽賞を受賞。
他にもドイツ・シャルプラッテン賞(1997年)など
多数の賞を獲得しています。
私がコンサートで最初に観たリコーダー奏者は、
ミカラ・ペトリでした。
招待されたコンサートだったので、
特に好きな演目があった訳でもなく、
ヴィヴァルディの「四季」をやるんだ〜くらいの感じで、
観に行きました。
その時の、リコーダー演奏が圧巻で、
こんなに小さな楽器で存在感のある演奏ができるんだ!
と感心した記憶があります。
10数年後にコンサートのパンフレットを見て、
その時のリコーダー奏者が、巨匠ミカラ・ペトリだったことに
後から気がつきます。
そんなペトリの魅力が詰まった動画です。
☆Michala Petri & Lars Hannibal: J.S. Bach – Dowland – Corelli
J.S.Bach
Sonata BWV.1033
John Dowland
»King of Denmark’s Galliard«
»Frog Galliard«
»I saw my lady weep«
»Flow my tears« mit Variationen von Jacob van Eyck
»Can she excuse my wrongs«
Arcangelo Corelli
»La Follia« Op. 5 No. 12
バッハの、作品BWV.1033は
フラウト・トラヴェルソのための曲となっていますが、
リコーダーで演奏されるこの曲は、乾いた音で、
歯切れが良い印象。
どこか可愛らしさも感じられます。
続いて、ダウランドの曲を5曲。
名曲「Flow my tears」を含む、至高の選曲。
最後にコレッリの「ラ・フォリア」
短調の物悲しさが、より際立つ演奏。
バッハのBWV.1033を、
フラウト・トラヴェルソとテオルボの演奏で。
同じ時代に使用された木管楽器トラヴェルソとリコーダー。
トラヴェルソは、楽器の径と息の吹き込み方の差もあって、
リコーダーより太くて素朴な音色。
☆ヘンデル:6つのリコーダー・ソナタ
リコーダー・ソナタ集 – HWV 360, 362, 365, 367a, 369, 377より、
Sonata in D Minor HWV 367
1 Largo
2 Vivace
3 Furioso
4 Adagio
5 Alla breve
6 Andante
7 A tempo di minuetto
Recorder, Michala Petri
viola da gamba, Hille Perl
harpsichord, Mahan Esfahani
このトリオは最強!
ペトリを支えるのは、
1984年生まれの新進気鋭のチェンバリスト:マハン・エスファハニ。
そして、世界中のコンサートや録音に引っ張りだこの
ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者:ヒレ・パール。
他の多くの曲と同じく、アン王女をはじめとする
ヘンデルの生徒たちのための
通奏低音の教材として書かれたものと推定されています。
7つの楽章がそれぞれに特徴があり、
変化に富んだ作品になっています。
ヘンデルと同時代のバッハの作品の中で、リコーダーを使った曲というと、
『ブランデンブルク協奏曲 第2番 ヘ長調 BWV1047』、
『同第4番 ト長調 BWV1049』などの
合奏協奏曲がよく知られた存在ですが、
教会カンタータにリコーダーが使用された作品が20曲ほどあり、
また晩年の傑作『マタイ受難曲』にもリコーダーが登場します。
☆教会カンタータ『神の時こそいと良き時』BWV106
『神の時こそいと良き時』(Gottes Zeit ist die allerbeste Zeit)は、
バッハが、1707〜08年頃に作曲したと考えられている教会カンタータ。
ほぼ全編に2本のリコーダーが使用されています。
第1曲:ソナティーナ
ヴィオラ・ダ・ガンバと共に通奏低音を前奏として、
リコーダーが主導しています。
ユニゾンを基本としながら、
波動音型のパートでは別れて和音を成しています。
ソナタ形式で構成されています。
第3曲:アリオーソ(Ach, Herr, Lehre uns bedenken)
2本のリコーダーとテノールが、ヴィオラ・ダ・ガンバの通奏低音の
元に絡み合います。
☆Brandenburg’ Concerto No.4 in G major BWV1049
1.Allegro
2.Andante
3.Presto
1楽章の冒頭から、2本のリコーダーが活躍します。
バイオリンとリコーダーの掛け合いが楽しい。
2楽章の緩徐楽章では、リコーダーが主旋律を取って、
それを弦楽器が支えるという形。
3楽章のプレストでも、第1バイオリンとリコーダーは対等。
まさしくリコーダー無くしては成り立たない曲です。
「アントニオ・ヴィヴァルディ」の記事の中で、
ソプラニーノ・リコーダーの曲を取り上げました。
☆ソプラニーノ・リコーダー協奏曲ハ長調
Concerto for sopranino recorder in C Major, RV443
今回は、同じ曲を Lucie Horschのソプラニーノ・リコーダーで。
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現在も、リコーダーの楽器としての魅力を伝えようとする手段を
色々な人が考えています。
Berliner Blockfl öten Orchesterは、
リコーダーのみで編成されたオーケストラ。
その演奏の中から、特に低音のリコーダーをフューチャーした曲を。
(バス・リコーダー)
☆Palladio (Karl Jenkins)
この曲は、カール・ジェンキンスの「パラディオ(Palladio)」。
サブ・コントラバス・リコーダーと、
コントラバス・リコーダーの重厚な音色で始まり、
徐々に、バス・リコーダー、テナー・リコーダー、
アルト・リコーダーと加わっていく。
元曲。
もう一曲。
ヴィヴァルディの四季から「春」。
☆Vivaldi Spring I. Allegro from The Four Seasons RV 269
特に、クライネ・ソプラニーノ・リコーダーと
ソプラニーノ・リコーダーが、鳥の囀りを表しているところが肝。
(コントラバス・リコーダー)
日本にも、リコーダーをフューチャーしたグループがあります。
栗コーダーカルテットは、1994年に結成された、
リコーダーとウクレレをメインとしたグループ。
劇伴や、CM などで曲が使用されています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/栗コーダーカルテット#BGM作品
その中でも、特に有名なのが、
「やる気のないダースベーダー」と称されるこの曲。
☆Imperial March (ダースベーダーのテーマ)
ダークで陰鬱な、悪の権化たるダースベーダーを象徴する音楽は、
圧倒的な強さと暗さがあってこそ!という概念を逆手に取った、
拍子抜けするほど気の抜けた演奏。
その主役がソプラノ・リコーダー。
他にも、ピタゴラスイッチのオープニングテーマなどがあリます。
ドラマ「凪のお暇」の劇伴を担当した「パスカルズ」は、
ロケット・マツ率いる、ピアニカ、トイピアノ、バイオリン、
チェロ、トランペット、ウクレレ、ギター、 バンジョー、
ドラムス、パーカッション、リコーダー、ノコギリ、 おもちゃ、
など、独特の開放感を持つサウンドを奏でる
14 人編成のアコースティック・オーケストラ。
https://pascals.thebase.in/about
☆PASCALS(パスカルズ) – 凪のお暇 メインテーマ
こちらもまた、使用する楽器でチープな感じを前面に出して、
ドラマの緊迫した場面や雰囲気を緩衝する役割を担っています。
NHKで現在放映されているドラマ「ひとりでしにたい」の劇伴も
パスカルズが担っています。
このように、簡単で古い楽器のイメージだったリコーダーは、
時代と共に一旦廃れたあと、復活し、
さまざまな局面で使われるようになっています。
そのシンプルで独特な音を、
日常の生活の中で聴く機会があるかもしれません。
小学校時代に出したその音を、ぜひ探してみてください♪
過去に行ったリコーダー演奏のコンサート
☆1995年9月23日@サントリーホール
ミカラ・ペトリ(リコーダー)、スロヴァキア室内合奏団
ヴィヴァルディ:ソプラニーノ・リコーダー協奏曲ハ長調 RV443
☆2018年3月15日@東京文化会館小ホール
古典音楽協会
ヴィヴァルディ:リコーダー協奏曲「ごしきひわ」ニ長調 Op.10-3 RV428
カノンデンタルクリニック
〒275-0011
千葉県習志野市大久保1-23-1 雷門ビル2F
TEL:047-403-3304
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