蟹や海老などの甲殻類が何よりも好きな私。
出身地の山口県は車海老の養殖が盛んで、
車海老養殖発祥の地として知られる秋穂があります。
正月には食卓に普通に並び、子どもの頃から親しんできました。
でも、わざわざ足を運んで食べに行くようになったのは、
30代前半に上海蟹と出会ったことが、きっかけだったと思います。
10~11月に出回り、旬を迎える上海蟹。
その時期になると神保町の中華に毎年行っていました。
上海蟹の魅力は、雌がオレンジ色の内子、雄がいわゆる蟹味噌。
身は貧弱であまり味もしないので、
卵と味噌を味わう為の蟹と言って良いでしょう。
その味噌は、例えるなら凝縮した雲丹、
卵は、良質な黄身を濃厚にしたもの。
それまで全く縁の無かった食材に、
こんなに美味しいものがあるなんて・・・
それ以来、いろいろなところで、
伊勢海老、タラバガニ、ズワイガニ、毛蟹、
甘海老、白海老、牡丹海老など、
関東で食べられるものは一通り味わってきました。
そして一昨年の年末、ふと「現地で蟹と海老を食べたい」と思い立ち、
山陰、京都、北陸と候補を挙げて、下調べを始めました。
その中で、アクセスの良さと食の充実度から”金沢”を選びました。
当初は一人旅のつもりでしたが、年末の時期ということもあり、
宿や料理店の予約が、お一人様ではなかなか取れません。
そこで、姪と妹に「蟹を食べに行こう」と声をかけ、
2泊3日の冬の北陸旅が決まりました。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
<1日目>
東京駅で姪と待ち合わせ、北陸新幹線「かがやき523号」で一路金沢へ。
金沢に着いたのは昼過ぎでした。
前の週にかなりの積雪があったのですが、
この日は思ったより穏やかで、
東京とほとんど気温の差を感じませんでした。
最初の食事は”金沢おでん”。
澄んだ出汁に、赤巻き、大根、卵、車麩が浮かび、ビジュアルも美しく、
やさしい香りが立ちのぼります。

<金沢おでん>
金沢おでんの名前が一躍有名になったのは、2009年にNHKの番組で、
人口1人当たりのおでん屋の数が日本一と紹介されてから。
金沢おでんと呼ぶには、
・1 地元金沢の食材を使用する
・2 一年中食べられる
の2つを満たす必要がある。
出汁は昆布と鰹がベースで、大野醤油を使うことで上品な甘みが出る。
具材としては、赤巻き、車麩、バイ貝、
蟹面(香箱蟹[卵を持つ雌のズワイガニ]の外子と内子、味噌、
身を甲羅に詰め込んだもの)、
ふかし(魚のすり身を蒸したはんぺんのような食材)、
源助大根、ひろず(銀杏が入ったがんもどき)など。
残念ながら、お目当ての蟹面は売り切れていましたが、
東京のおでんと違って、透明感のある出汁と、
それを沁み込ませて生きる食材が斬新でした。
心を落ち着かせてくれるような味わいで、
まさに旅の始まりにぴったりの一椀。
昼食のあと、ホテルに荷物を預けて、金沢城へ。
白壁が冬の光を受けて輝き、芝生には溶け残った雪が見えます。

城内の起伏のある地形を歩き、石垣や堀、三階櫓、城郭を見つつ、
反対側に抜け、兼六園へ向かいました。
園名は、(大河ドラマ「べらぼう」では主人公の敵役だった)松平定信が
『洛陽名園記』を引用し、宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の
6つの景観を兼ね備えていることから命名したそう。
兼六園は国の特別名勝に指定されています。
実は大学生の頃、一度訪れているのですが、
当時の記憶が驚くほど消えていて、ほとんど初めて見る感覚。
雪吊りの縄は、これから本領発揮といったところで、
枝を支える縄が冬の空に凛と伸びています。
夕暮れ前の庭園は、空を映し出す池を中心に見事な造形でした。
<兼六園>
水戸・偕楽園、岡山・後楽園とならぶ日本三名園の一つ。
江戸時代の代表的な大名庭園として、加賀歴代藩主により、
長い歳月をかけて形づくられてきた。
「廻遊式」の要素を取り入れながら、様々な時代の庭園手法を
駆使して総合的につくられた庭。
廻遊式とは、寺の方丈や御殿の書院から見て楽しむ座観式の庭園ではなく、
土地の広さを最大に活かして、庭のなかに大きな池をうがち、
築山(つきやま)を築き、御亭(おちん)や茶屋を点在させ、
それらに立ち寄りながら全体を遊覧できる庭園。

そのあと、バスで移動してひがし茶屋街へ。
ひがし茶屋街は、重要伝統的建造物群保存地区で、
保存地区内の建築物140のうち約2/3が伝統的建造物となっています。
日が暮れてすぐの藍色の空に、格子戸の奥からこぼれる灯り、
ほのかに漂うほうじ茶の香り、石畳を歩く人々の足音。
古い町並みが、金沢らしい情緒に包まれていました。

観光客、特に外国人で満員のバスで駅前に戻ると、
鼓門がライトアップされ、昼間とはまるで違う表情で輝いていました。
<鼓門>
2005年に完成した鼓門は、金沢駅の東広場にあるもてなしドームの
正面に構えた金沢の新しいシンボル。
金沢は雨や雪が多いため
『駅を降りた人に傘を差し出すおもてなしの心』がコンセプト。
伝統を感じることのできる木造で、金沢の伝統芸能、
能や素囃子などで使う鼓の胴にある調べ緒をモチーフに造られ、
歴史のまち金沢の格調を伝えている。
金沢駅は世界で最も美しい駅14駅の1つに選出されている。

夕食は、駅から徒歩圏内の「のどぐろ専門店」。
<のどぐろフルコース>
・のどぐろスープとのどぐろ炙り手毬寿司
・のどぐろの炙り
・のどぐろのみぞれ鍋
・のどぐろ炭火焼き
・のどぐろ茶碗蒸し
・のどぐろ出汁雑炊
炙り寿司から始まり、のどぐろの炙り刺身。
お刺身があまり好きではない私ですが、
のどぐろの身のまったりとした甘みと、
脂を炙ったことで生じる皮目の香ばしさを堪能しました。

そこへ妹が合流し、追加でタグ付きのズワイガニを、
焼き蟹にしてもらいました。
殻を炙ったことによる香り、蟹身の甘み、あふれ出るエキス・・・
蟹にはいろいろな調理法がありますが、
ズワイガニとタラバガニに関しては、
焼き蟹が一番ではないかと思っています。

鍋、焼き物、茶碗蒸し、〆の雑炊まで、
どの皿も繊細な旨味に満ちていました。
のどぐろをさまざまな調理法で頂き、念願だった焼き蟹を食し、
初日の締めくくりにふさわしい極上の味わいでした。
<のどぐろ>
赤ムツの別名。口の奥の喉が黒いので「ノドグロ」の名がある。
佐渡、富山県、石川県、島根県などの北陸・山陰地方では2014年頃から
徐々に高級魚として扱われる様になる。
独特だが上品な味わいで、焼いても煮ても美味。
「白身のトロ」として珍重される。
ホテルに戻って、最上階の温泉で疲れを癒して就寝。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
<2日目>
旅先に限らず早起きの習慣が身についているので、
この日も5時過ぎに目覚めて、温泉へ。
熟睡している姪を置いて、6時過ぎに妹と散歩。
気温は昨日よりさらに高く、澄んだ空気が心地よく感じられました。
まずは尾山神社へ。
緑の屋根とステンドグラスが印象的な門が、朝の光を受けて輝いています。

長町武家屋敷跡を通り、妹が前日行っていなかったので、再び金沢城へ。
前日の曇り空とはうって変わって、
青空のもとに白壁がくっきりと浮かび上がっています。
城の周囲を囲む木々は葉を落とし、
枝先には冬の光がやわらかく当たっていました。
軽い朝食を食べた後、正月の食材を求める人で大賑わいの近江町市場へ。
北陸ならではの魚介の数々――
ズワイガニ、香箱蟹、甘エビ、寒ブリが並び、
冬の海の恵みがあふれています。
大好物の蟹の山を目にし、市場3周くらいしたと思います。
残念ながら生ものや冷凍物を持って歩くわけにもいかず、
見るだけでしたが、目の保養には十分でした。

昼食は、予約の取れない老舗の寿司店”歴々”で。
事前に頼んでいたこの日の握りは、
鮪、炙りのどぐろ、寒ブリ、イカ、甘エビ、ほうぼう、サバ、玉子。
脂がのった冬の魚は一貫ごとに旨味が濃く、
口の中で海の香りが広がります。
お目当てのガスエビと白海老、雲丹を追加注文。
ガスエビは、凝縮感あふれる身の味わい、
白海老は、上品でまったりとした繊細な味。
金沢の寿司は、味だけでなくシャリの温度や塩梅まで計算されていて、
完成された調和がありました。

<ガスエビ>
ガスエビとは、北陸だけの通称。
その種類はさまざまで、石川ではクロザコエビと
トゲザコエビの2種類がガスエビとされており、
それぞれ旬も、生育場所も違う。
「見た目は悪いが味は極上」なのが特徴で、
刺身にすれば甘くぷりっとしていて、しっかりとした旨味が楽しめる。
鮮度が落ちるのが早いため、産地でないと味わえない。
昼食を終えたあと、にし茶屋街を散策し、正久山妙立寺(忍者寺)へ。
別名「忍者寺」と呼ばれ、落とし穴になる賽銭箱、
床板をまくると出現する隠し階段、
金沢城への抜け道が整備されていたとされる井戸などの仕掛けが、
寺のあちこちで見られます。
遠くに医王山を望む犀川沿いを散歩してから、金沢駅で妹と別れました。
彼女は仕事の関係で一泊だけの参加で、
私と姪は、金沢駅から午後4時発特急サンダーバード34号に乗り込み、
加賀温泉駅へ。
金沢を離れるにつれ、田園風景に雪が少しずつ増えていきました。
20分ほどで加賀温泉駅に着くと、空はうっすらと灰色がかっていました。
駅舎の赤い格子が冬の曇天に映え、旅の空気がまた一段変わります。
送迎の車を待って、山代温泉街へ。
山のほうから湯けむりが立ちのぼり、静かな湯の町が迎えてくれました。
宿泊先は、山代温泉「瑠璃光」。
温泉街の奥にたたずむ宿は、どこか現代的でありながら、
静かな落ち着きを持つ加賀の宿らしい雰囲気が漂っていました。
温泉は、行基が発見したと伝わる“1300年の古湯”。
夕食前にさっそく温泉へ。露天風呂は、岩と滝を配した風情のある温泉。
大浴場は、御影石造りの豊富な湯量をたたえたゆったりとした大空間。
木々の緑が美しい日本庭園も一望でき、
湯のぬくもりが肌にやさしく染み込みます。
夕食は、この旅行の本丸“蟹づくしフルコース”。
<蟹づくしフルコース>
・蟹ミルフィーユ仕立て
・蟹の玉締め
・蟹脚洗い
・香箱蟹の苞葉タルタル包み焼き
・ズワイガニ姿造り
・蟹鍋
・蟹真蒸蕪巻
・蟹釡飯
・デザート
最初の一皿は、蟹のミルフィーユ仕立て。
繊細な層の間に身が重ねられ、
ほのかな甘みが口中にふんわりと広がります。
続く蟹の玉締めは、出汁をたっぷり含んだ優しい味わい。
口に入れた瞬間、ほろりとほどける食感が絶妙でした。
蟹脚の洗いでは、氷の上に盛られた脚肉が透き通るように輝き、
身の締まった歯ざわりと、蟹本来の甘みが際立ちます。
そして、香箱蟹の苞葉(ほおば)タルタル包み焼き。

香ばしい朴葉の薫りとともに、甲羅の中の内子・外子・身が調和し、
冬の味覚の奥深さを感じさせます。
そしてズワイガニの姿造り。これを食べるために来た!
まさに“冬の主役”といった風格がありました。
蟹を食べると無言になる・・・2人で夢中になって食べました。
続いては蟹鍋。湯気とともに立ちのぼる香りに誘われ、身を口に運ぶと、
出汁に溶け込んだ蟹の旨味が染み渡ります。
さらに蟹真蒸(しんじょう)蕪巻が温かく添えられ、
滑らかな蕪の中から蟹の風味がふわりと顔を出しました。
蟹釡飯は、一粒一粒に出汁の旨味が凝縮され、奥深い味わい。

デザートは、柚子の香りを添えた爽やかな一皿。
甘みの後に残るすっきりとした余韻が、
蟹づくしの贅沢な夜を締めくくってくれました。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
<3日目>
早朝に目覚めて、温泉へ。
種類豊富な朝食バイキングを食べた後、近くの寓居「いろは草庵」へ。
「いろは草庵」は、北大路魯山人が大正4年(1915年)から翌年の春まで、
およそ半年間を過ごした場所。

<北大路魯山人>
1883~1959日本の芸術家。
出生前に父親を亡くし、母親からも捨てられるが、
複数の養親と富裕層の家を転々としながら、
師とするものもいないまま独学で美に関する見識を高め、
篆刻、絵画、陶芸、書道、漆工などのさまざまな分野で活動した。
また、素封家の食客行脚や有名懐石料理店と懇意になることで、
料理に対する興味を抱くようになり、大正10年会員制料亭「美食倶楽部」、
大正14年会員制高級料亭「星岡茶寮」を開店。
昭和30年、織部焼の人間国宝に指定されるが、辞退した。
私生活では過酷な幼児体験から他者を信頼することができず、
周囲と多くの摩擦を引き起こして孤独な晩年を送った。
<いろは草庵>
書家、篆刻家としての才能を持つ魯山人(当時福田大観)は、
金沢の漢学者 : 細野燕台の食客となり、燕台と煎茶仲間の初代須田菁華、
吉野治郎、太田多吉に出会う。
煎茶会の席で大観は、山代温泉の旅館の看板を彫ることになる。
吉野治郎はその作業場として、「別荘」(現いろは草庵)を提供。
九谷焼の窯元や地元の文化人たちとの交流の場として使われた別荘で、
魯山人は、陶芸や書、料理の構想を練ったといわれている。
まず入り口近くの部屋にて、ガラス越しに“山城の四季を映し出す庭”を
眺めながら、お茶を一服。
囲炉裏の間では、料理をしたり、地元の客人と語り合った当時の様子を
感じ取ることができました。
土蔵を改装した展示室では、書、掛け軸、陶芸作品などが展示されていて、
彼の芸術世界を伝えています。
山代の静かな風情の中で、魯山人の“美と食の原点”が息づいていました。
山代温泉を後にし、再び特急サンダーバードで金沢へ。
車窓の外では、灰色の雲が更に厚く垂れこめ、
金沢駅に着く頃には、すっかり本降りに。
観光を続けるのはあきらめ、駅構内で昼食をとることにしました。
ずっと魚介類が続いていたので、最後は能登牛のステーキ丼を選択。
やわらかく脂の乗った肉に、わさびを少し添えて頬張ると、
北陸の旨味が口いっぱいに広がります。

土産物売り場で「甘えび・白えび・ガスエビ干し」や
金沢の銘菓などを購入。
相変わらずの雨の中、北陸新幹線で帰路につきました。
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
金沢~加賀温泉の2泊3日の今回の旅。
3日間とも比較的暖かく、過ごしやすい旅でした。
前の週にはかなりの雪が降ったようですが、
滞在中は2日目まで好天に恵まれ、金沢の街歩きも快適でした。
3日目こそ雨に見舞われましたが、それも北陸らしい風情のひとつ。
金沢の文化と食を存分に満喫した3日間でした。
そして、この旅がきっかけで、
・現地に赴き、現地の物を食べる
・老後にではなく、今行けるところに行っておく
という目的が自分の中に芽生えました。
それ以来、わずかな連休であっても、
まだ訪れたことのない土地へ足を運ぼうと思っています。
カノンデンタルクリニック
〒275-0011
千葉県習志野市大久保1-23-1 雷門ビル2F
TEL:047-403-3304
URL:https://www.canon-dc.jp/
Googleマップ:https://g.page/r/CTHgLGNJGZUXEAE

