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山口への帰省

院長の波木です。

 

私は、大学時代を除き小学生の後半から千葉県に住んでいますが、
生まれたのは山口県宇部市です。
父母ともに宇部の出身でしたので、
親戚も周辺に集まっています。
生後すぐに下関に、それから防府市に移りました。

 

小学生の頃、夏休みのほとんどを山口で過ごし、
岩国の錦帯橋の下で川泳ぎをしたり、
近所で蝉や蜻蛉を取ったり、
川でどじょうやイモリを取ったりしていました。
また、海が近かったので、海水浴にもよく行って、
肌は日に焼けて真っ黒。
潮干狩りをしたり、春の大潮の時には、マテ貝を取りに行きました。

 

開業してからは、法事以外で帰省する機会がありませんでした。
前回帰省したのは父の7回忌。
その後の13回忌はコロナ禍で帰省できず、
17回忌の今回は10年ぶりになります。

 

羽田発7:30の便に乗るために、4時起きして、
5:50京成津田沼発の高速バスに乗車。
9時半に山口宇部空港に到着。
空港周辺の開発のため、祖父母の家は庭をほとんど失い
様変わりしていました。
宇部線草江駅近くで墓参りをし、祖父母のお仏壇で焼香した後、
実家にお坊さんがいらして法要。
1 時間ほどの読経を親族で唱和し、有り難い説法を聴き
親族と短い時間の会話の後、
母と妹、姪を連れて2泊の旅行へ。

 

長門の旅館が最初の宿泊先ですが、
その前に角島へ向かいます。
角島は、山口県下関市にあります。
それまでは渡船による交通が主でしたが、
2000年に本州と島をつなぐ橋が出来ました。
完成後は、橋の両側のエメラルドグリーンの海と
まっすぐ延びた橋の景観から、山口県の新たな観光名所となっています。
CMやドラマのロケ地としてよく使われています。
橋の長さも一般道としては日本屈指の長さです(1780m)

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A7%92%E5%B3%B6%E5%A4%A7%E6%A9%8B

 

島の北西端にある角島灯台へ向かいます。
角島灯台は夢ケ崎に立つ日本海側初の石造りの洋式灯台で、
明治9年に初点灯し、今なお現役で活躍しています。
灯塔は総御影石造りで、日本に2基しかない無塗装の灯台。
「灯台の父」と呼ばれるリチャード・ヘンリー・ブラントンによる設計。
この灯台は、歴史的文化財的価値が高いAランクで、
日本の灯台50選、近代化遺産、
土木学会選奨土木遺産にも選ばれています。

 

 

隣接する夢崎波の公園は、「波」をテーマにしていて、
ハマユウ、ダルマギク、スイセンハマヒルガオなど、
角島自生の草花が楽しめます。
ちょうど水仙が咲いていて、周囲は良い香り。
公園の端に行くと、ちょうど日が水平線に沈むところ。
晴天で空気も澄んでいるうえ、波も穏やかだったので、
海に沈んでいく太陽がとても綺麗に見えました。

 

 

そこから宿泊先の油谷湾温泉楊貴館へ。
温泉総選挙で「うる肌部門」で第1位に輝いた温泉は、
少しとろみのある泉質。
晩御飯は、部屋で。
とらふぐを、ふぐ刺、ふぐちり鍋、〆に雑炊で頂きました。
翌朝も早くから温泉につかったあと、
バラエティーに富んだ朝食を食べて出発。

 

まず元乃隅神社へ。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E4%B9%83%E9%9A%85%E7%A5%9E%E7%A4%BE

 

神社から日本海を見下ろすと、冬の厳しい風が吹く中、
断崖に荒波が打ちつけています。
海側から100m以上にわたって123基の鳥居が並ぶ姿は圧巻。
時折雨が降る天候の中、つかのま陽がさして虹が綺麗に見えました。

 

 

 

の市中を経由して津和野へ。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%A5%E5%92%8C%E9%87%8E%E7%94%BA

 

津和野は、島根県の小京都。
山口県との県境に位置する津和野町は、
旅情にあふれた町並みが魅力のエリア。
地名の「津和野」は「つわぶきの生い茂る野」に由来するとされ、
町の花はつわぶき。
石畳の通りや細い路地、かつての藩校跡や家老の屋敷など、
江戸初期に形成された城下町の町並みが
ほぼそのまま残っています。

 

ところが、折からの寒波で山道は雪。
冬タイヤの装備はしていたものの、
慎重に運転して昼過ぎにようやく到着。

 

昼食をとり、雪の降る街を散策。
津和野は、長崎から送られた潜伏キリシタンの殉教地。
津和野カトリック教会へ。

 

 

1931年ドイツ人シェーファーによって建てられたゴシック風建築。
木造モルタル造りの建物は、古い街並みでひときわ目を引きます。

 

津和野のメインストリートである殿町通りには、
なまこ塀塀割に泳ぐたくさんの鯉がいます。

 

次に向かったのは、太皷谷稲成神社
殿町通り南の参道から続く、約1000本の鳥居を抜けた先に、
鮮やかな朱塗りの社殿がお出迎え。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E7%9A%B7%E8%B0%B7%E7%A8%B2%E6%88%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE

 

安永2年(1773)に建立され、2023年で鎮座250年を迎える古社。
日本五大稲成のひとつに挙げられています。

 

みやげ物屋で名物の源氏巻の製作工程をみて、
出来立てを頂く。
温かくて表面が香ばしく美味!
源氏巻が作られるようになったのは江戸時代末からと言われています。

 

https://www.kankou-shimane.com/destination/20959

 

雪道を萩へ戻って、以前から興味があった萩焼の工房へ。
萩焼作家・金子司工房を訪れる。

 

萩焼は、古くから「一楽、二萩、三唐津」と謳われるほど、
茶人好みの器を焼いてきたことで知られる焼き物。
特徴は、原料に用いられる陶土と
それに混ぜる釉薬の具合によって生じる「貫入」
使い込むことによって生じる「七化け」
貫入とは器の表面の釉薬がひび割れたような状態になることで、
七化けとはその貫入が原因で、長年使い込むとそこにお茶やお酒が浸透し、
器表面の色が適当に変化し、枯れた味わいを見せること。

 

金子司さんの作品は、赤、青、黄などカラフルな色使いに、
細かな水玉模様や細く伸びた放射状の模様など、
個性的な作品ばかり。
特にキノコのオブジェは、オリジナリティがあって惹きつけます。
ご本人に作品の解説を丁寧にして頂き、
キノコのオブジェが四方の壁と天井を覆うキノコ部屋や
作品の製作過程を見せてもらいました。
基本的に筆は使わず、スポイトを使って色を置き、
重力を使って自然に流すことで絵付けをする墨流しという
独自の技法で制作しているそうです。

 

キノコのオブジェ数点と皿を購入。
現在クリニックの待合室に飾っています。

 

 

2日目は、「萩本陣」に宿泊。
見蘭牛(萩のブランド牛)のすき焼きを含む和懐石を食べ、
名物の7種の温泉にゆったりとつかる。
翌朝も温泉に入った後、和食を堪能。

 

ホテルを出て萩の街並へ。
白壁が映える一角を歩きながら、幕末の獅子たちの想いにひたる。

 

中心部から離れて、2万5000本のヤブツバキが自生している
笠山椿群生林を回りましたが、
「萩・椿まつり」の前で、残念ながら咲いているものは
あまりありませんでした。

 

山口市の菩提寺で焼香を。
宇部に戻って資さんうどんで、ごぼう天うどんを食べ、
山口宇部空港でお土産を買って、空路羽田へ。

 

慌ただしい2泊3日の行程でしたが、久しぶりに親孝行もでき、
親戚にも会えて、充実した帰省になりました。

 

山口は観光名所が散らばっていて、
脚がないとなかなか行きにくい場所です。
関門海峡がのぞめる下関、瑠璃光寺や湯田温泉がある山口市
錦帯橋がある岩国カルスト台地の壮大な景色が広がる秋吉台
日本屈指の大鍾乳洞秋芳洞
そして今回訪れた長門、幕末獅子を生んだ
三方を海で囲まれるゆえの豊かな海産物。
ぜひ一度訪れて欲しい場所です。

 

 

 

カノンデンタルクリニック
〒275-0011
千葉県習志野市大久保1-23-1 雷門ビル2F
TEL:047-403-3304
URL:https://www.canon-dc.jp/
Googleマップ:https://g.page/r/CTHgLGNJGZUXEAE

ヘンデル その2

こんにちは。院長の波木です。

 

前回は、ヘンデルのオペラとオラトリオの作品を紹介しました。
今回は、管弦楽曲と器楽曲を聴いてみましょう。

 

水上の音楽
1717年に創作した「水上の音楽」は、
テムズ川を舞台にした王室の船上パーティーで
演奏されたと言われる22曲からなる壮大な組曲。

 

この作品はジョージ1世の依頼により生まれ、
その中でも「アラ・ホーンパイプ」が特に親しまれています。
この楽章は川の上での舟遊びの躍動感と
楽しさを生き生きとしたリズムと鮮やかなメロディで表現している。
ヘンデルは水の流れや自然の美しさを音楽で描き出し、
聴く者をその場にいるかのような感覚にさせる。

 

この組曲は、弦楽器やオーボエ、ホルン、トランペット、
フルート、リコーダーといった豊富な管弦楽編成を駆使し、
フランス風の序曲と軽快な舞曲で構成されている。
特にオーボエとホルンをフィーチャーした第1組曲、
トランペットが輝く第2組曲、
そしてフルートとリコーダーが中心の第3組曲は、
それぞれが異なる楽器の魅力を引き出し、
多彩な音楽的表現を楽しむことができる。

 

初演時、50人にも及ぶオーケストラが船上で演奏を行い、
夜明けから日の出までの演奏は大成功を収めたこの曲は、
国王からはアンコールの要請もあった。
この時の演奏者たちには当時としては
高額な報酬が支払われたと伝えられており、
その華やかさと演奏の質の高さが伝わってくる。

 

 

☆〈Water Music〉Suite No.1 in Fmajor, HWV348
Ouvertüre (Largo – Allegro) – Adagio e staccato

典型的なフランス風の序曲。
ゆったりとした出だしから、アレグロではヴァイオリンのソロから始まる。
オーボエと弦楽器の掛け合いはイタリア様式を感じさせる。
オーボエがソロを取るアダージョは実に優美。

 

 

☆〈Water Music〉Suite No.2 in D major, HWV349
Alla Hornpipe

全曲の中で最も紹介される機会の多い曲。
「ホーンパイプ」は3/2拍子の英国のフォークダンス。
「アラ」は「〜風」なので、「ホーンパイプ風」ということ。
トランペットとホルンで華やかで 洗練された雰囲気を醸し出します。

 

第1組曲から第3組曲までの全曲。

 

古楽器編成なので、ピッチは低く設定されている。
この演奏では、ナチュラルトランペットと
ナチュラルホルンが使用されている。
それらは、バルブを持たない単純な構造になっていて、
高度な演奏技術が求められる。

 

 

王宮の花火の音楽
☆<Music for the Royal Fireworks >HWV351
1748年に作曲された。
オーストリア継承戦争終結のために開かれた
アーヘンの和議を祝う祝典のための管弦楽組曲。
この作品はアンハルト=ツェルプスト公アドルフ・フリードリヒの
王女とフリードリヒ大王の弟、
カンバーランド公ウィリアム・オーガスタスの結婚を祝うため、
ロンドンのグリニッジ公園で開催された
豪華な花火大会のクライマックスに委嘱された。

 

この組曲の序曲は力強く、
ダイナミックなリズムと華やかなオーケストレーションが特徴で、
その壮大な開幕は聴く者に強烈な印象を与える。
ヘンデルはこの作品を通じて
王室イベントの雰囲気を見事に音楽で捉え、
彼の作品が後世に残る大きな影響を与えた。
初演は野外で行われた。

 

 

この組曲は,花火が打ち上げられる前に演奏される序曲と,
花火の合間に演奏されるいくつかの小品からできている。

 

1 – Ouverture: Adagio, Allegro, Lentement, Allegro
2 – Bourrée
3 – La Paix: Largo alla siciliana
4 – La Réjouissance: Allegro
5 – Menuets I and II

 

フランス風の序曲から盛大に始まる。
華やかな金管とリズミカルなティンパニ。
メリハリの効いた明快な曲調。
これから始まるイベントの高揚感を表す素晴らしい序章。
舞曲の後、歓喜(La réjouissance)で最高潮に達し、
メヌエットIIで締めくくる。

 

古楽器編成の動画をもう一つ。

 

先ほどの動画に比べて全体にゆったりと余裕のある演奏。

 

 

戴冠式アンセム
☆Coronation Anthems: Zadok the Priest HWV258

 

1727年ジョージ2世の戴冠式のために作曲されたのがこの曲。
1. 『司祭ザドク』HWV258
2. 『汝の御手は強くあれ』HWV259
3. 『主よ、王はあなたの力に喜びたり』HWV260
4. 『わが心は麗しい言葉にあふれ』HWV261
4曲全てが奏されることは少ないが、
『司祭ザドク』はイギリスの戴冠式では必ず演奏される。

 

静かな出だしから突然始まる合唱は壮大で圧倒的。
王の神聖性と民衆の祝福を力強く表現している。
UEFAチャンピオンズリーグのテーマ曲として使用されているのは、
ブリテンによるトランペットのファンファーレなどを加えた
アレンジ版である。

 

 

オルガン協奏曲<かっこうとナイチンゲール>
☆Concerto for organ and orchestra in F major
“The Cuckoo and the Nightingale”

 

1. Larghetto
2. Allegro
3. Organo ad libitum
4. Larghetto
5. Allegro

 

ヘンデルのオルガン協奏曲で最も有名な曲。
1楽章のラルゲットは、穏やかであるものの、
慈愛に満ち溢れた素晴らしい楽章。
2楽章のアレグロは、某格付けチェックの番組で使用されている。
軽妙で愛らしい曲。
かっこうとナイチンゲール(夜鳴きウグイス)の
鳴き声の掛け合いを表している。

 

 

ハープ協奏曲変ロ長調HWV294a
☆Harp Concerto in B-flat Major

 

1763年に初演された世界最初のハープ協奏曲
第1楽章の冒頭は親しみやすい旋律でよく知られ、
CMや番組のBGMとしてたびたび使用される。
ハープの澄んだ音色を生かした曲調とアンサンブル。

 

 

同じ曲のオルガン版。
☆Organ Concerto in B-flat Major op.4 No.6

 

とくに第2楽章のラルゲットは伸びやかな音のオルガン向きに感じられる。

 

ハープシコード組曲第1集第5番ホ長調 HWV.430
☆Harpsichord Suite HWV430 in E major

 

ハープシコード組曲第1集(出版1720年)8曲中の第5曲。
1. Praeludium
2. Allemande
3. Courante
4. Air with 5variations〜通称「調子の良い鍛冶屋」

 

「エアと変奏曲」の楽章がいわゆる「調子の良い鍛冶屋」
いわれについては諸説あるが、鍛冶屋とは関係がない。
ヴァリエーションが進むに従い、8分音符から16分音符、
3連符、32分音符と徐々に細かくなっていき、
テンションはあがっていく。

 

ピエール・アンタイによる全曲のチェンバロ演奏で。
溌剌としていて、チェンバロの歯切れの良い音が合っている。
「エアと変奏曲」では、ゆったりと始まり、徐々にテンポを速くしている。

 

ピアノでもよく演奏されている。
ラフマニノフによる「エアと変奏曲」の演奏。

 

強弱のつけ方と内声の響かせ方はさすが。
緩急の付け方はアンタイ以上。
特に32分音符の最終変奏は圧巻!

 

 

ハープシコード組曲第2集第4番ニ短調 HWV437より
「サラバンドと2つの変奏」
☆Harpsichord Suite HWV437 in D minor〜Sarabande

 

ゆったりとした印象的な主題。
その後に2つの変奏が続く。
このサラバンドは映画「バリー・リンドン」に使用されている。

 

Olivier Baumontによるチェンバロで。
1. Prelude
2. Allemande
3. Courante
4. Sarabande
5. Gigue

 

映画「風の谷のナウシカ」から久石譲作曲
「風の伝説」「ナウシカ・レクイエム」
今をときめく「かてぃん」こと角野隼斗による演奏で。
2:26 あたりからヘンデルのサラバンドを引用。

 

 

ハープシコード組曲第2集第1番変ロ長調 HWV434より
「メヌエット」
☆Harpsichord Suite HWV434 in G minor〜Menuetto

 

ケンプによる編曲版。
物悲しくもあり、慈しむような、心に滲み入る曲調。
この曲の演奏を初めて聴いたのは、
アンヌ・ケフェレックの佐倉でのコンサート。
それ以来、ラ・フォルジュルネで彼女の演奏で3回ほど聴いている。

 

András Schiffによるピアノで。
1. Prelude
2. Sonata
3. Aria and Variations
4. Menuetto

 

この曲の第3楽章「アリアと変奏」は、
ブラームスが1861年に作曲した
「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」
テーマとして使われている。
この曲は、変奏曲の大家であるブラームスが、
音楽的内容の頂点をきわめた作品。
バッハ「ゴルトベルグ変奏曲」、ベートーヴェン「ディアベリ変奏曲」
シューマン「交響的練習曲」と並んで、
音楽史上の変奏曲の歴史を飾る曲である。

 

カッチェンの演奏で。

 

2回にわたりヘンデルの名曲を紹介しました。
彼の作品を全て聞くのは困難ですが、
このほかにも佳作が多く、
「6つの合奏協奏曲集作品3」
「12の合奏協奏曲集作品6」など
通して聴いてみるのも面白いでしょう。

 

 

【医院からのお知らせ】
クリニックの看板と外装をリニューアルしました。

 

 

 

カノンデンタルクリニック
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ヘンデル その1

こんにちは。院長の波木です。

 

バロック時代の巨匠ヘンデルの名前や彼の曲を知っている、
あるいは聞いたことがあるという方は多いと思います。

 

また、知らず知らずのうちに聴いていた曲が
ヘンデルの作品であったということもあるでしょう。

 

今回は、バッハと同じ1685年に、
同じドイツで生まれたヘンデルについて、
お話ししたいと思います。

 

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ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル
(George Frideric Handel 1685-1759)
作曲家、オルガニスト

 

 

1685年ドイツ・ザクセン地方のハレに生まれる。
ヘンデルは幼少時から非凡な音楽の才能を示していたが、
父は息子が音楽の道へ進むことには反対していた。
隠れてクラヴィコードを練習し、才能を見せるようになる。
聖母マリア教会のオルガニストだったツァハウ(1663-1712)に、
オルガン、チェンバロ、ヴァイオリンを習ううちに師を凌ぐようになる。

 

「隠れて練習するヘンデル」

 

ハレ大学に入学、法律を学ぶ予定が音楽への興味が勝り、
大学を辞め、ドイツでもオペラが盛んであったハンブルグへ移る。
ゲンゼマルクト劇場でヴァイオリン奏者として採用され、
その後チェンバロの通奏低音奏者や演奏監督として活躍するなど、
実地の経験を積みながらその影響を受けた。
1704年当時のハンブルク・オペラの中心的な作曲家カイザーに代わって
ヘンデルがオペラを作曲することとなった。
ヘンデルにとって最初のオペラ「アルミーラ」は大成功を収めた。

 

その評判を聞いたトスカーナ大公子フェルディナント(メディチ家)から
誘いを受け、1706年から1710年までイタリア各地を巡った。
ローマではオペラの上演が禁止されていたため、
ヘンデルはオラトリオを作曲している。
フィレンツェで最初のイタリア・オペラ「ロドリーゴ」が上演された。
1708年にはオラトリオ「復活」が上演され、
ヴェネツィアで上演されたオペラ「アグリッピーナ」は大成功を収めた。
外国人の作品がこれほど成功するのは異例であったが、
周辺国の侵攻や経済的没落により
斜陽を迎えていたイタリアに留まる理由はなかった。

 

1712年にロンドンへ移住すると、イギリスの音楽シーンで活躍し、
「水上の音楽」を発表。
貴族たちによってオペラ運営会社「王室音楽アカデミー」
中心的人物となった。
1723年に王室礼拝堂作曲家に任じられていたヘンデルは
1727年にはイギリスに帰化する
ロンドンでの初期の活動はオペラ作品が主であったが、
次第にオペラ熱も冷めていき、
後期にはオラトリオが中心となった。

 

現在も知られているヘンデルの曲の多くは、
1739年以降に作曲されている。
1740年合奏協奏曲集「作品6」を出版。
1742年初演の「メサイア」は大好評であった。
1749年「王宮の花火の音楽」を発表。
1751年左眼の視力の衰え、やがて右眼の視力も弱り、失明。
1759年体調の悪化により74歳で死去。

 

ひっそりと埋葬されることを望んだ本人の願いにもかかわらず
3000人もの民衆が別れを惜しむために押し寄せ、
無数の追悼文が新聞や雑誌を賑わせた。
のちに伝記が記されるなど、
作曲家としては異例の扱いを受けた。
ヘンデルは生前から高く評価され、没後すぐに神格化された。
当時としては初めての試みである作品集が死後出版され
多くの合唱団にその音楽が受け継がれたこともあり、
ヘンデルは名声が没後も衰えなかった最初の作曲家となった。

 

バッハが教会音楽を中心に内省的で重厚な作風であったのに対し、
ヘンデルはエンターテインメントとしての音楽を
いかに作っていくかということを常に考えていた作曲家であった。

 

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今回取り上げるのは、オペラとオラトリオ。

 

オペラ
舞台上で衣装を着けた出演者が演技を行う点で
演劇と共通しているが、セリフだけではなく、
大半の部分(特に役柄の感情表現)が歌手による歌唱で
進められることを特徴とする。

 

オラトリオ
元は宗教曲で、聖書などから取った台詞を多用し、
オペラと同様の音楽形式で進められるが、
舞台装置やセリフ、衣装、大道具などはなく、
声楽とオーケストラで演奏される。

 

最初に紹介するのは、誰もが知っているこの曲。
しかし、大半の人がヘンデルが作曲したということを知らない。

 

☆オラトリオ「ユダス・マカべウス」HWV.63より
「見よ勇者は帰る」(1746年)「Judas Maccabaeus」HWV63,
Part3-58 ’See, the Conqu’ring Hero Comes’

 

 

オラトリオ「ユダス・マカべウス」の第3部に登場するコーラスで、
戦争で活躍した公爵の帰還にあわせて書かれた作品。
英雄ユダの凱旋を民衆が歓喜とともに迎える場面を表現している。

 

世界各地で大会の優勝者を称える曲
表彰状授与のBGMとして定着している。

 

 

☆オラトリオ「メサイア」HWV.56 より「ハレルヤ・コーラス」(1741年)
「MESSIAH」HWV56 / Part2 ‘Hallelujah!’ Chorus

 

オラトリオ「メサイア」は、バッハの「マタイ受難曲」と並ぶ
宗教曲の傑作として、世界中の音楽愛好家から高い評価を受けている。

 

 

「ハレルヤ・コーラス」は名実ともにヘンデルの作品で最も有名な曲
シンプルな旋律だが、荘厳で美しい。
キリストの復活と最後の審判を讃える力強い合唱で構成されている。

 

 

☆オペラ「リナルド」HWV.7a より「私を泣かせてください」(1711年)
「Rinaldo」HWV7a ’Lascia ch’io pianga’

 

このアリアのオリジナルの旋律は、
オペラ「アルミーラ」でサラバンドとして作られた。
その6年後「リナルド」のアルミレーナのアリアとして
再使用されたのがこの曲。

 

 

ストーリー:
十字軍騎士リナルドには、総司令官の娘アルミレーナという許嫁がいた。
ところがエルサレム征服まであと少しというところで、
魔女アルミーダにアルミレーナが誘拐され、
敵軍の王アルガンテに求愛されるが、
愛するリナルドへの貞節を守るため
「苛酷な運命に涙を流しましょう」と歌うアリア。

 

歌詞:
「どうか泣くのをお許しください
この過酷な運命にどうか自由にあこがれることをお許しください
わが悲しみは、打ち続く受難に鎖されたまま
憐れみさえも受けられないのであれば」

 

歌詞の内容は、悲しみを表すものだが、
天上を想起させるような儚くも美しい調べになっている。
たびたびドラマの挿入歌などに使われている。

 

 

☆オペラ「セルセ」より「オンブラ・マイ・フ」(1738年)
「Serse, Xerxes」HWV40, Act I ’Ombra mai fu’

 

 

ヘンデルは没後も名声が落ちなかったが、
レパートリーに残ったのはごく一部の作品だけだった。
オペラ作品についてはほとんどが忘却され、
「セルセ」もその例外ではなかったが、
「オンブラ・マイ・フ」だけが 19 世紀に「ヘンデルのラルゴ」の名で
愛唱されるようになった。
1906 年ラジオの試験放送で
「世界で初めて電波に乗せて放送された音楽」でもある。

 

このアリアはオペラ「セルセ」の第1幕冒頭で歌われるもので、
ペルシアの王「セルセ」が
プラタノの木陰に向かって歌う場面で知られている。
歌詞は木陰の美しさと涼しさを讃えるもので、
セルセの愛情を表現するために使われている。

 

歌詞:
かつて、これほどまでに
愛しく、優しく、
心地の良い木々の陰はなかった

 

下降と上昇を組み合わせた美しく伸び伸びとした旋律を、
優雅な伴奏が支える。

 

 

☆オラトリオ「ソロモン」HWV.67より
「シバの女王の入城」(1748年)「Solomon」HWV67,Part3
’The Meeting of King Solomon and the Queen of Sheba ‘

 

「シバの女王のソロモン王への訪問」

 

第3幕にふたつのオーボエと弦楽器による
短く生き生きとした曲想で知られるシンフォニア。
その部分だけが有名になり、しばしば結婚式で演奏されるほか、
ロンドンオリンピックの開会式で演奏された。

 

 

軽妙で華やかできらびやかな曲想は、
まさしく女王が城に入っていく様を思わせる。
ふたつのオーボエのハモりが秀逸。

 

 

☆オペラ「エジプトのジューリオ・チェーザレ」HWV 17より
「難破した船が嵐から」(1724年)
「Giulio Cesare in Egitto」HWV17, Part3 ’Da tempeste il legno infranto’

 

 

「ジュリオ・チェーザレ」とは、「ガイウス・ユリウス・カエサル」
(英語表記でジュリアス・シーザー)
古代ローマ帝国の軍人を主人公にしたオペラ。
1724年にロンドンで行なわれた初演は大成功を収め、
ヘンデルをロンドン・オペラ界を代表する作曲家にした作品。

 

 

「難破した船が嵐から」は、
海で死んだと思われていたチェーザレが生きていた喜びを、
クレオパトラが歌い上げる場面で使われる。

 

メリスマ(歌詞の一音節に対して複数の音符を割り当てる歌唱様式)を
多用する技巧的にも難しい曲。
希望を抱かせるような早いパッセージを、上下に激しく動かす印象的な曲。

 

 

ここ数十年間は、長い間見捨てられていた
ヘンデル・オペラの復活気運が高まり、
「ヘンデル・ルネサンス」とも言われている。

 

次回は、ヘンデルの管弦楽曲、器楽曲を取り上げます。

 

 

 

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『ラ・フォリア』

こんにちは。院長の波木です。

 

私が好きなクラシックの作曲家を順位づけすると、
バッハ、ラフマニノフ、ベートーヴェン、ブラームス、ショパン、
ラヴェル、ドビュッシー、プーランク、スカルラティ、ヴァイス。

 

クリニックでBGMとしてかけているのは、
バッハやヴィヴァルディやモーツァルト、
コレルリ、ロカテッリ、トレッリ、ヘンデル、ゼレンカなどの
バロック〜古典派の作曲家が主体となっています。

 

バッハの次に好きな作曲家は、セルゲイ・ラフマニノフ。
時代としては「近代」に分類されます。
しかし、作曲の手法や曲想としては、
ショパンなどの「ロマン派」に近く、
独特のロマンティックな旋律に、複雑な展開、
超絶技巧を要する難解な作曲手法が特徴です。

 

そんなラフマニノフの代表曲
「コレルリ(あるいはコレッリ)の主題による変奏曲 Op.42」

ウラジミール・アシュケナージによる演奏。
哀愁を帯びた美しい旋律。
まさにロマンチック・ラフマニノフの真骨頂!
奏者は、ラフマニノフと出身国が同じ。
完全に手の内に入れています。

 

ラフマニノフが作曲した中でも、大好きな曲ですが、
タイトルには以前から疑問がありました。
テーマに使ったフレーズ
(冒頭の レ・レ・ミ・ド レ・レ・ド・レ・ミ)は、
アルカンジェロ・コレッリのオリジナルではなく、
もっと以前の「舞曲」に由来するものだったからです。

 

その舞曲は「フォリア」と言います。

 

彼が、「フォリア」を知らなかったと言うことはないと思いますが
コレッリの考えた主題だったと勘違いしていたため、
間違ったタイトルをつけてしまったと考えられています。

 

ラフマニノフを魅了したフォリアのテーマ。

 

400年前に作られた曲が、
ラフマニノフだけでなく、それ以前にも、
多くの作曲家のインスピレーションを刺激し、
作品に昇華させています。

 

そんなたくさんの作品の中から
いくつか紹介していこうと思います。

 

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フォリア(folia)は、イベリア半島起源の舞曲。
15世紀末のポルトガルあるいはスペインが起源とされるが、
いずれかは定まっていない。
「サラバンド」と同じく3拍子の緩やかな音楽。
「フォリア」とは、「狂気」あるいは「常軌を逸した」という意味があり、
もともとは騒がしい踊りのための音楽であったことが窺われるが、
時代を経て優雅で憂いを帯びた曲調に変化した。

 

「フォリア」は、低音部の進行及び和声進行が定型化されるにつれて、
これをもとに変奏曲形式で演奏することが広まった。
基本的に、短調。
イ短調の場合、A-E-A-G-C-G-A-Eという調子。

 

17世紀にはイタリアで大流行し、多くの作曲家が採り上げている。
このような手法は、「シャコンヌ」「パッサカリア」などの変奏曲、
あるいは『パッヘルベルのカノン』とも共通するものである。

 

とくに、アルカンジェロ・コレッリの
『ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ』作品5の12曲中
最後に置かれた『ラ・フォリア』がよく知られる。

 

 

その後も各時代で扱われたほか、
「フォリア」とは明記されていないものでも、
「フォリア」の低音部進行を部分的に採用している曲も多い。
(from ウィキ)

 

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最初に取り上げるのは、「フォリア」の名前を広めた作品、
コレッリのヴァイオリン・ソナタ。

 

Arcangelo Corelli : ヴァイオリン・ソナタ 作品5第12番《ラ・フォリア》
(出版 : ローマ 1700年)

 

コレッリが、1700 年にローマで出版した
ヴァイオリン・ソナタ集(作品 5)
憂いを帯びた優美な低音主題にのせて、
緩急さまざまで多彩な変奏が行なわれる。
変奏数は23。

 

 

ヴァイオリンの名手だったコレッリ。
この曲には、ヴァイオリンの運弓(右手の動かし方)技法が
たくさん盛り込まれていて、
演奏する上でも、楽曲を聞く上でも
魅力にあふれた作品になっています。

 

バロックダンスの付いた動画で。

 

 

続いて同じ頃(1703年)にヴィヴァルディが作曲したトリオソナタ。
27歳の若きヴィヴァルディが、コレッリの作品を参考に作曲したと
考えられている。
変奏数は19。

 

アントニオ・ヴィヴァルディ : トリオソナタOp.1-12
《ラ・フォリア》ニ短調RV63

全体的に単調で、彼の後半生の作品に比べると
2本のヴァイオリンの絡みも少ない。

 

マラン・マレ(1656-1728)はフランスの作曲家。
ルイ14世の宮廷を舞台にヴィオラ・ダ・ガンバの名手として活躍し、
作曲家としても、オペラ、ヴィオルを中心とした
室内楽作品を多く残しています。
「スペインのフォリアによる変奏曲」は、
ヴィオル曲集第2巻に含まれています。

 

マラン・マレ:スペインのフォリアによる変奏曲

ヴィオラ・ダ・ガンバとテオルボという組み合わせ。
通奏低音を奏でるテオルボが上の音域、
旋律を奏でるガンバが下の音域なので、
全体にしっとりとしつつ重厚感のある演奏になっている。

 

少し時代を遡ってみます。

 

アンドレア・ファルコニエリ (1585-1656) :Ciaccona and Folia
カンツォーナ第1集(1650)に含まれるこの曲は、
前半部のシャコンヌから、フォリアへ。

コード進行は同じだが、ファルコニエリの作品では、
メロディーラインはコレッリやマレの作品に比べるとはっきりしない。
そのかわりに舞曲としてのテンポ感と激しさが備わっている。

 

アレッサンドロ・ピッチニーニ (1566-1638) は
イタリアのリュート奏者。
Alessandro Piccinini:Partite variate sopra la Folia aria romanesca

リュートの素朴な響きを生かしたシンプルな変奏曲。

 

アントニオ・デ・カベソン(Antonio de Cabezón, 1510-1566)
スペインの作曲家・オルガニスト
カベソン:Pavana Con Su Glosa

 

この曲の起源はフォリアや民謡で、
比較的厳格な形式になっている。

Folias Criollas(作曲者不詳、1500)

緩くフォリアの型は感じるが、かなり淡い。
パーカッションが入って、リズミカル。
フォリアが舞曲由来だということがわかる。

 

17世紀以降のコレッリやヴィヴァルディ、マレらの作品は、
後期フォリアと呼ばれ、テンポが遅くなり、
コード進行が一定の型になっている。

 

現在につながる「ラ・フォリア」の典型は、この頃に定着し、
その後の作曲家がこれをもとに作品を作っている。

 

 

大バッハは、農民カンタータの中に取り入れている。

 

J.S.Bach:「カンタータ(農民カンタータ)BWV.212」

ドイツ的な厳格さを備えた作り。
変奏はなく、あくまで歌伴として使っている。

 

フェルナンド・ソル(1778-1839)は、スペインの作曲家、ギター奏者。
ソルは、ギターの音楽レベルを可能な限り高め、
ギターを世に広める努力をした。
ギターのベートーヴェンと呼ばれる。

 

ソル:スペインのフォリアOp.15

 

C.P.Eバッハ (1714-1788)は、J.S.バッハの息子。
父の影響を最も受け、当時は父よりも有名であった。
特に鍵盤楽器作品が多く、200曲以上のソロ曲を残している。

 

C.P.E. Bach:
12 Variations on “La Folia d’Espagne” in D Minor, Wq.118, No.9(1778年)

フォリアの主題の使い方、変奏の独創性、
緩急の付け方などを取っても傑作と言って良い。

 

 

フランツ・リスト(1811-1886) は、言わずと知れたピアノの魔術師。
『ハンガリー狂詩曲集』に代表されるように、
リストは民謡などの土着音楽を収集し、それらをもとに作曲を行っていた。
『スペイン狂詩曲』もこの種の作品と考えて間違いない。

 

Franz Liszt:
Rhapsodie espagnole, S. 254 “Folies d’Espagne et jota aragonesa”
スペイン狂詩曲(スペインのフォリアとホタ・アラゴネーサ 1858年)

前半は、フォリアの低音部と和声進行をもとに変奏。
後半部分、速いテンポの「ホタ(スペインの民謡や舞踊のジャンル)」で
劇的な盛り上がりを作り、
前半のフォリアが長調で華やかに再現されて楽曲を閉じる。

 

 

現代の曲の中にもテーマが使われている作品や、
コード進行を取り入れている作品も多数存在する。
それだけ、人々の耳に残り、心に沁みる音楽だということなのでしょう。

 

「フォリア」のテーマを憶えて、曲の中でその主題の変奏される様を
比較して聴いてみるのも面白いかもしれません。

 

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「フォリア」のテーマを使った曲を書いた作曲家

 

ガスパー・サンス、ストラーチェ、A.スカルラティ、
フレスコバルディ、マラン・マレ、リュリ、
J.S.バッハ、ジェミニアーニ、C.P.E.バッハ、
サリエリ、ソル、リスト、ブゾーニ、
ラフマニノフ、ロドリーゴ

 

★ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」第2楽章にも
フォリアの和声進行が取り入れられている。

この動画の中では、5分41秒あたりから6分までの
バスのコード進行がそれにあたります。

 

 

 

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キウイフルーツ

こんにちは。院長の波木です。

 

私が住む鎌ヶ谷市や周辺の船橋市、白井市、松戸市、市川市では、
梨園やぶどう園が昔からたくさんあります。

 

そのほかにも、とうもろこしや栗、さつまいも、
落花生、いちご、ブルーベリーなどが栽培され、
近隣のスーパーには地元産の野菜や果物が並んでいます。

 

梨の時期になると、街道沿いにはのぼりが立てられ、
即売所があちこちにできます。

 

そんなある日、白井市でキウイフルーツののぼりを見つけました。
40年も住んでいる地元でありながら、
キウイが作られているなんて思いもしませんでしたし、
そもそもキウイに旬がある事も知りませんでした。

 

 

その時に購入したのは、「ヘイワード」という品種。
「ヘイワード」は、グリーンキウイの代表的な品種であり、
世界中で広く栽培されています。

 

特徴としては、果皮にうぶ毛が密集しており、
果肉は鮮やかな緑色でジューシーな食感を持っています。
甘味と酸味のバランスが絶妙で、香りも爽やか。

 

果実は比較的大きく、100~130グラムほどのサイズで、
食べ応えがあります。

 

 

緑が濃く、味も輸入物のキウイに比べると深いのが特徴的。
凝縮感が強く、酸味は少なく、果汁が溢れる。
今まで食べてきたキウイの概念が変わるくらいの衝撃を感じました。

 

〜キウイフルーツについて〜

 

マタタビ科マタタビ属の温帯の果実で、秋に実る。
中国に分布するオオマタタビから
ニュージーランドで改良されて作出された栽培品種。
果実は産毛のような細かい毛が生えている。

 

栄養的には、ビタミンCを多く含む
グリーンキウイの可食部100gあたりのビタミンC含有量は約71mg、
食物繊維は2.6gが含まれる。
そのほか、カリウム、マグネシウム、葉酸を含む上、
カロリーが少ない点でも優秀な果物と言える。

 

キウイフルーツという名称は、
ニュージーランドからアメリカへ輸出されるようになった際、
ニュージーランドの国鳥である鳥の「キーウィ(kiwi)」に因んで
1959年に命名された。
(果実と鳥の見た目の類似性から命名された訳ではない)

 

日本では、ニュージーランド産、チリ産、アメリカ産のキウイが
通年輸入されている。
国内での栽培は、温州みかんなどの柑橘類の転作作物として始められた。
愛媛県、福岡県、和歌山県、香川県などで栽培され、
10月から4月に出回る。

 

注)キウイフルーツは、アレルギー発症頻度が高く、
食物アレルギー実態調査では、果物の中で1位を占めています。
アレルギーの主抗原は主にアクチニジンというタンパク質で、
グリーンキウイに多く、ゴールドキウイには少ないという傾向があります。 

 

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今年秋、キウイとの再会が訪れます。
近くの梨農園で、キウイが販売されているという情報を得て、
買いに行ってみました。

 

船橋のアンデルセン公園付近の農園と、三咲駅付近の農園では、
「紅妃」「レインボーレッド」という品種のキウイが
販売されていました。

 

「紅妃」は身の中心部が赤くなっている珍しい品種で、
この色味が大きな特徴となっています。
糖度が高く、甘くて美味しい一方、
緑や黄色のキウイと比べ病気に非常に弱く栽培が大変難しいため、
栽培している農家も少ないそうです。

 

「レインボーレッド」は表面に毛がなく、酸味が少なく、
その甘さが最大の魅力です。
果肉が黄緑色で真ん中は鮮やかな赤色。

 

(上が紅妃、下がレインボーレッド)

 

あまりの甘さにびっくりして、たくさん買って、
あちこちに配ったほど。
このふたつの品種は、その希少性から
「幻のキウイ」と呼ばれているそう。

 

船橋市でキウイは市内17軒の農家で栽培されていて、
栽培面積の3haは県内1位。
キウイを栽培する多くは梨の農家で、
梨を栽培するときに使用する
「梨棚」を生かして栽培することができるため、
梨栽培が盛んな船橋市では、
キウイ栽培を始めやすい環境にあります。

 

キウイは、自然のままでは完全に熟していない状態で収穫されるため、
農園では、追熟をしたものと、未追熟の物を販売しています。

 

エチレンという成熟ホルモンが作用することで追熟し、
食べることができるようになります。
リンゴ(ジョナゴールド、津軽、王林)からエチレンガスが発生するので、
自宅で追熟させる場合は、レジ袋にリンゴとキウイを一緒に入れて閉じ、
常温で1週間程度置いておけば追熟できます。

 

追熟の効果で、デンプンが糖分に変わり、甘さが引き立ちます。
果肉が柔らかくなり、食べやすくなり、
酸味が和らぎ、豊かな風味が楽しめます。

 

11月に入ると、「アップルキウイ」「香緑」という品種が出てきます。

 

(左が香緑、右がアップルキウイ)

 

一般的なキウイ(ヘイワードなど)は縦長ですが、
「アップルキウイ」は、リンゴのような丸い形をしています。
見た目には皮の産毛が少なく、つるんとしています。
果肉は、緑色から完熟すると黄色に近くなっていきます。
果汁が豊富で、酸味が少なく、糖度は平均12度

 

「香緑」は、香川県で「ヘイワード」の偶発実生から、
特に糖度の高いものを選抜し、育成した品種です。
美しい濃緑色の果肉を持つキウイは、
「香緑(こうりょく)」と命名され、品種登録されました。
俵型の外観とエメラルドグリーンの果肉と、
濃い味、ジューシーな食味が特徴。

 

(キウイ栽培販売をしている農園)

 

 

紹介した品種のほか、「甘うぃキウイ」「幸夜香」「さぬきゴールド」
「ミコスイート」「紅心」などがあります。

 

同時に購入して食べ比べてみるのも面白いでしょう。

 

近隣のデパートやスーパーで、ごく稀に販売していますが、
直売所に行って購入する方が確実です。

 

ただし、午前中に売り切れてしまうことが多いので、
平日の朝に買いに行かれることをお勧めします。

 

 

 

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ヴィヴァルディ〜バッハ

こんにちは。院長の波木です。

 

今回は、前回紹介したヴィヴァルディと、
音楽の父バッハの関係について書きました。

 

二人は、同時代に生まれたバロック時代の二大作曲家ですが、
ヴィヴァルディが 7 つ年上で、
その活動の場や作曲スタイルは、大きく違っていました。

 

前回書いたように、ヴィヴァルディはヴェネツィアを中心に活動し、
ヴァイオリンを主に使った明朗で快活な作品を作曲。
オペラ作曲家としても活躍しました。
ヨーロッパ中を旅行し、イタリアだけでなく、
名声と代表曲はヨーロッパに知れ渡っていました。

 

一方のバッハは、生涯ドイツから出ることはなく、
地方の教会音楽家として
オルガンを中心とした教会音楽(ミサ曲、カンタータ)を多数作曲。
対位法を主にした、厳格で重厚な音楽を作っていました。

 

 

バッハの生まれ故郷は、ドイツ中部のアイゼナハ。

 

そこから、リューネブルク→アルンシュタット→ヴァイマル→
ケーテン→ライプツィヒと移り住み、
ライプツィヒで亡くなっています。

 

 

バッハは、同時代のドイツ国内の作曲家ヘンデルや、
ブクステフーデ、ラインケンらの曲を聞く機会はあり、
影響を受けたり、作曲に反映させたりしています。

 

1708年バッハが23歳の時、
ヴァイマルの宮廷で ヴィルヘルム・エルンスト公の
宮廷オルガニストとなりました。

 

エルンスト公の甥ヨハン・エルンスト公子(1696-1715)は、
少年時代から非凡な楽才を発揮し、
1713年7月、 留学していたオランダから帰国しました。

 

アムステルダムで、公子はイタリアやフランスの音楽に触れ、
たくさんの楽譜を持ち帰りました。

 

公子は、それらをバッハに渡し、
オルガン用に編曲することを提案します。

 

これを機にバッハは、イタリアで流行している作風や形式を学び、
それ以降の作曲スタイルに多大な影響を受けたことは、
作品が物語っています。

 

作品数にして22曲。
そのうち10曲がヴィヴァルディの作品だったことから、
バッハがヴィヴァルディの協奏曲形式に心酔していた事がうかがえます。

 

 

編曲一覧

 

オルガン独奏曲
BWV592 協奏曲第1番 ト長調
原曲=J.エルンスト公 (クラヴィーア版 592a)
BWV593 協奏曲第2番 イ短調 原曲=ヴィヴァルディRV522 Op.3-8
BWV594 協奏曲第3番 ハ長調 原曲=ヴィヴァルディRV208 Op.7-11
BWV595 協奏曲第4番 ハ長調 原曲=J.エルンスト公
BWV596 協奏曲第5番 ニ短調 原曲=ヴィヴァルディRV565 Op.3-11
BWV597 協奏曲第6番 変ホ長調 原曲不明

 

クラヴィーア独奏曲
BWV972 協奏曲第1番 ニ長調 原曲=ヴィヴァルディRV230 Op.3-9
BWV973 協奏曲第2番 ト長調 原曲=ヴィヴァルディRV299 Op.7-8
BWV974 協奏曲第3番 ニ短調 原曲=マルチェッロ オーボエ協奏曲
BWV975 協奏曲第4番 ト短調 原曲=ヴィヴァルディRV316 Op.4-6
BWV976 協奏曲第5番 ハ長調 原曲=ヴィヴァルディRV265 Op.3-12
BWV977 協奏曲第6番 ハ長調 原曲=マルチェッロ?
BWV978 協奏曲第7番 ヘ長調 原曲=ヴィヴァルディRV31 Op.3-3
BWV979 協奏曲第8番 ロ短調 原曲=トレッリ
BWV980 協奏曲第9番 ト長調 原曲=ヴィヴァルディRV383a Op.4-1
BWV981 協奏曲第10番 ハ短調 原曲=マルチェッロ
BWV982 協奏曲第11番 変ロ長調 原曲=J.エルンスト公
BWV983 協奏曲第12番 ト短調 原曲不明
BWV984 協奏曲第13番 ハ長調 原曲=J.エルンスト公
BWV985 協奏曲第14番 ト短調 原曲=テレマン ヴァイオリン協奏曲
BWV986 協奏曲第15番 ト長調 原曲不明(テレマン?)
BWV987 協奏曲第16番 ニ短調 原曲=J.エルンスト公

 

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では、作品を紹介しましょう。

 

まずは前回も取り上げた
Vivaldi : ヴァイオリン協奏曲ニ長調
Violin Concerto in D major RV 230 Op.3-9

 

これを編曲した

 

Bach : Concerto BWV 972 in D major
アレグロ-ラルゲット-アレグロ

 

チェンバロ(by Richard Egarr)による演奏。

 

 

イタリアの乾いた空気と明るい曲調が、
チェンバロの音色とマッチして良い。

 

パイプオルガン(by 長田真実)による演奏。

 

 

バッハが超絶技巧のオルガニストであったことは有名で、
バッハオリジナルの多層的で重厚なオルガン曲には見られない
軽妙さが新しい。

 

シプリアン・カツァリスによるピアノ演奏で、第2楽章ラルゲット。

 

 

 

私が、バッハの編曲に着目するきっかけになったのが、
カツァリスのこのアルバム。
ドイツ国内で生涯を過ごしたバッハが、
音楽を通してイタリア旅行をしたというコンセプト。
チェンバロの演奏には見られない、奥行きのあるロマンティックな演奏。

 

Bach : Concerto BWV978 in F major (Vivaldi : RV 310 G major)
アレグロ-ラルゴ-アレグロ

 

Benjamin Alardによるチェンバロ演奏。

 

 

楽章のキャッチーな入りは、
バッハの後の作品に反映されているに違いない。
急・緩・急の3楽章(「リトルネッロ形式」)。
ラルゴを挟んでアレグロへ。
3楽章は、ヴィヴァルディが得意としているテーマを
繰り返していく形式に倣っている。

 

Bach : Concerto in A minor BWV593(Vivaldi : RV522 A minor)
アレグロ-アダージョ-アレグロ

 

 

原曲の溌剌とした感じがオルガンだと、ややもっさりして聞こえるが、
ヴァイオリンの立体感は、良くオルガンに移されている。
2楽章は、雲間から光がやっと一筋差しているような静寂。
3楽章は、複雑な構成。
低音から高音までフルに使ったオルガンの特性を把握している
バッハならではの編曲。

 

 

Bach : Concerto in D minor BWV596 (Vivaldi RV565 D minor)
アレグロ-アダージョ-フーガ-ラルゴ エ スピッカート-アレグロ

 

まずは原曲から。

 

 

ヴィヴァルディの曲としては、5つのパートからなる構成が異色。
低音を多用していて、全体的に重い曲調 。
3楽章でも、ヴァイオリンが主体ではあるが、曲想は物悲しい印象。

 

 

Van Doeselaarによるパイプオルガン演奏。

 

出だしからパイプオルガンの荘厳な感じが良く合う。
そして、1楽章の最後がいかにもオルガンのために作ったよう、
2楽章は、バッハ作品よりもバッハ的!!

 

この楽章は抜粋されてピアノ用に編曲されたりしている。
敬愛するピアニスト アンヌ・ケフェレックもよく演奏している。

 

 

楽章は、これを編曲だとは誰も思わないだろう・・・・という出来栄え。

 

Bach : Concerto in C major BWV594 (Vivaldi RV208a D major )
アレグロ-レチタティーヴォ-アレグロ

 

 

Balint Karosiによるパイプオルガン演奏。

 

ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲 RV 208を編曲したもの。
オペラの序曲のような出だし。
トランペットを思わせる明るい響きが印象的。

 

Bach : Concerto in C Major BWV 976(Vivaldi RV265 Op.3-12 E major )
Tempo giusto-Largo-Allegro

 

 

Robert Hillによるチェンバロ演奏。

 

1楽章の明快で快活な感じはバッハのオリジナルには無い曲調。
3楽章では、メロディーと左手の伴奏が複雑に絡み合う。
バッハの編曲者としての技量が最大限に発揮されている。

 

 

珍しいクラヴィコードによる演奏。
決して綺麗な音ではないけれど、素朴で味わいのある演奏。
バッハは、普段遣いの楽器としてクラヴィコードを愛用していた。

 

最後にバッハオリジナルの イタリア協奏曲BWV 971 。
Bach:Italian Concerto BWV 971

 

 

 

Marco Mencoboniによるチェンバロ演奏。

 

734年ライプツィヒ時代に作られたこの作品は、
リトルネッロ形式による活発な2つの楽章の間に、
豊かな旋律声部とそれを支える単純な伴奏声部から成る
緩徐楽章が置かれています。
チェンバロ独奏用に作られたにもかかわらず、
「協奏曲」と付けられているのは、
ヴィヴァルディの協奏曲形式に倣って作曲されたからでしょう。

 

 

敬愛するピアニスト アンドラーシュ・シフの演奏で。
軽すぎず、重たくならず、絶妙な匙加減で音の奥行きを差配する。
曲の難易度としてはさほど高くないこの曲を、
高い完成度で表現するシフ。

 

バッハが音楽を通じて出会った異国の地。
言葉でも、絵でもなく、楽譜から感じ取ったイタリアやフランスが
ドイツの片田舎に住むバッハにとってどれほど刺激的だったか。。。
彼の編曲が、ただ習うのではなく、
彼なりの解釈と工夫をしてアウトプットしたからこそ、
オリジナルと間違われるほどのレベルの高さを保てたのでしょう。

 

 

 

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